Eric Byrnes
[Eric James Byrnes]
Arizona Diamondbacks
(OF/右投右打/背番号:22)
1976年2月16日
米カリフォルニア州出身


94年、ドラフトでドジャースから38巡目で指名されたが契約せず、トロイ・グロースらがチームメイトにいた名門UCLA大学へ進学した3年後の97年にアストロズからドラフト4巡目で指名されたが、またも契約せず。翌98年 アスレチックスからドラフト8巡目で指名されてようやく入団を決意。 メジャーデビューは2000年8月22日だが、その年は10試合、01年は19試合しか出場機会が得られずシーズンの大半をマイナーで過ごす生活が続いた。 02年5月上旬にコールアップされてからは、守備要員や代走として徐々に出場機会を増やし、90試合に出場。 03年、怪我したジャーメイン・ダイに代わって4月後半からスタメンに名を連ね、外野全てのポジションを守りながら12本塁打・10盗塁とまずまずの成績を披露。3年連続で進んだポストシーズンでは、打率.462と大当りを見せたが、またしても地区シリーズの壁を越えられずに敗退。 04年は打撃主要3部門(.283、20本、73打点)のほか、試合数(143)、得点(91)、安打(161)、二塁打(39)、四球(46)、盗塁(17)、出塁率(.347)、長打率(.467)でキャリアハイを更新したほか、ア・リーグ外野手の中で4位の11補殺を記録して走攻守のバランスがとれた選手であることを改めて証明したが、「マネーボール」に反して出塁率と長打率が低かったためあまり重宝されなかった。


そのため05年は、7月13日に左腕ジョー・ケネディ、右腕ジェイ・ウィタシックとの交換トレードでオマー・クインタニラ内野手と共にロッキーズへ放出され、同30日にはラリー・ビグビー外野手との交換トレードでオリオールズへ再び移籍するなど3チームを渡り歩く不遇のシーズンを過ごした。


オフにFAとなり、1年225万jでダイヤモンドバックスと契約すると、本塁打の出やすい本拠地もあって、チーム最多にして自己最多の26本塁打、さらにキャリアハイの79打点、25盗塁と、一気に才能が解き放たれ、07年にはシーズン途中に08年からとなる3年総額3000万jで契約を延長したのが功を奏してか、リーグ4位の50盗塁を記録して球団史上初の20本塁打・50盗塁を記録し、若手の躍進著しいチームを5年ぶりの地区優勝へ導き、MVP投票では11位にランクインされた。


ヘッドスライディングなどハッスルプレイが身上で、さらに投手の隙をつくのが上手いために盗塁成功率が高く、守備では強肩としても知られる。

(C) Champions
08.05.11 Update

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析